こんにちは。つむりです。
私は、人に対して恋愛感情を抱かず、性的欲求を感じません。
世間一般の「普通」に憧れてるって話をします。
目次
そもそも世間一般の「普通」とは
ここでお話しする「普通」は、「周りの人の共感を得られる考え方」のことです。
私から見る普通はこんな感じ。
- 女の子は恋話好き
- 結婚はいつかするもの(周りに期待されていること)
- 恋愛関係にある人や結婚している人は「誰かに愛されている」
- 異性には恋愛的な、または性的な興味を持つもの
多様性を認める現代において、こんな考え方は「当たり前」ではありませんが、それでも「普通」に合わせていた方が、その場の空気を壊さずにいられるなと感じることがあります。
「好きな異性のタイプ」「何歳で結婚したいか」「貴方に合う人を紹介するよ」
異性のパートナーを求めていることが前提の質問を投げかけられることが多いのも、誰もが興味のある話題だと、認識されているからじゃないかなと思います。
それらの質問は、本当に知りたいと言うよりも、無難に盛り上がる話題だからよく聞かれるのかも。
無難な話題だ、と安心して質問できるのも、多くの人が持つ価値観だと信じられているから、なのかな。
恋人を作るのは、戦わなくてすむからなのか
恋愛感情がなく、恋話にもあまりワクワクしない私ですが、恋人は作ります。
告白してくれる人がいれば付き合う感じです(もちろんお断りすることもあります)
恋人がいないときに言われる「紹介しようか」「もっと積極的になりなよ」
恋人が欲しいことが前提のお節介。
お節介って言い方は、ちょっと嫌な感じですが、実際に言われて嫌だったのであえてお節介と表現させてもらいます。
私にとっては恋人がいる方が、世間とのギャップに戦わなくてすむんです。
恋人がいる場合に投げかけられる質問といえば「どこで出会ったの」「どんなとこを好きになったの」「誕生日プレゼントなにもらった」などなど事実を答えれば良いものが多い気がします。
ドキドキしたり、嫉妬するような、恋愛感情は抱いていませんが、
端から見れば、そんな心情はわかりません。
その場では、その人たちと同じ世界観を持つ者として馴染めます。
家族のこと
「お母さんがこんなだから、そうなっちゃったのかな」
母に言われた言葉です。
母は全く”女”を見せない人でした。
とても可愛らしい人ですが、性的な雰囲気や話題を出さない人です。
そして性的な意味はなく、男性より女性が好きな人です。
こんなんだから = (性的な意味はないが)女性が好きだから
そうなっちゃった = 男性に興味がなくなったのかな
体が冷えていく感覚を覚えました。
まるで、誰かの責任で私のセクシュアルティが決まってしまったかのようで、
男性に興味がないことが、まるで悪いことみたいで。
実際、私に恋人がいることを母は喜んでいるように感じます。
最近どう?とよく話題に出しますしね。
私の同性の友人の話題よりも、異性の恋人の話題の方が気になっているように感じます。
恋人がいる限り、否定されずに済む気がして、安心感を覚えます。
こじらせてる、とか言われそうだ。
そんなこんな言ってますが、恋人のこと人間として尊敬してます
恋人を作る理由は、いた方が「世間に馴染めて、生きやすいから」ではありますが、もちろん誰でも良い訳ではないし、尊敬できる人と関係を築きます。
そこに”恋愛”も”性的魅力”もありませんが、友情や家族愛と同じように、お互いを尊重し合うことができます。
「恋人」と言う名前をつけなくても良い関係性を望んでいるけど、
生きやすさを重視して「恋人」を作る話でした。
こんにちは。つむりです。
自身のセクシュアルティのことを綴っています。

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